久々の海外旅行、の巻(本編 その6)

 ベルリン・ポツダム広場近くの「フィルハーモニー」「美術館」を巡った
後、同広場のUバーン(地下鉄)駅でmushoku氏と別れ、それぞれ自由
行動をとることにした。
 自分は大学2年の時ベルリンで泊まっていた宿を再訪しよう、とその
場所へと向かった。旧西ベルリンのフッガー通りというところだった。ブロ
グの記事としてもアップしたが、手元によくその宿の住所等が記された
当時の資料が残っていたものだ。

 Uバーンに乗って、その宿があるはずの街に行く。
 ドイツではベルリン・ミュンヘンとUバーンを利用したが、日本のそれと
比べてホームと車両内部の照明が相当暗い。
 同行したmushoku氏とこの件で話をしたのだが、欧米人は日本人に比
して強い光に弱いのではないか、と思う。例えば日差しが強い日、彼ら
はサングラスをかけるのが常だが、日本人はさほどでもない。逆にわれ
われは、照明が明るくないとどうも不安で落ち着かない気がする。
 そのせいか、ドイツのUバーンはあまり乗る気がしなかった。照明が全
体に暗いため「うらぶれた」感がし、何やら陰気に感じざるを得なかった。
 その点、訪れたドイツの各街を走っていたトラム(路面電車)は、眺め
に加え速度もちょうど良かった。観光には、市内周遊の観光バスよりも
トラムの方が向いているのではないか、と思う。路線についての詳しい
知識があれば、の話だが。

 昔泊まった宿の最寄り駅に着いたものの、結局分からなかった。昼過
ぎで腹が減ったので、住宅街の中で営業しているインビス(焼きソーセ
ージ等を売る屋台)で、カリーブルストとビールを飲み、駅に戻り近くの
カフェでコーヒーを飲んで一休みする。
 歩き回るのは慣れぬ異国の地だ。疲れも増すというものである。午後
3時か4時にはホテルに戻った。
 この5/28(木)がベルリン滞在の実質最終日だった。大昔泊まった宿
は分からずじまいで、今回のベルリン探訪の一つ目的は果たせなかった。

 さて、もう一つの「あの東ベルリンは今どうなっているか?壁はどうなっ
ているか?」について。
 よくよく考えて見ると泊まっているホテルに始まり、飯を食ったり酒を飲
んだりした店、さらにはコンサート会場に至るまで、すべて旧東ベルリン内
なのに気付く。
 当初はかつての壁の跡や検問所があったチャーリーズポイントに行こう
とも考えていたが東ベルリンの今の姿を見るには、まあこれでいいんじゃ
ないかと思った。
 訪ねればいろいろとあるかも知れない。だが、これだけ分かれば十分か
も、と感じたからだった。


 (続く)
 



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